■SINGING AEON

「広告代理店のディレクター」または「作曲家」の役で、
あるCMへ出演のオファーがあり、前者だとややハマリすぎかと
思っていたら、結局「作曲家」の役をやることになった。
録音スタジオの調音室にいて、ガラス越しで正面にいる
タレントに指示を出す、レコーディング・ディレクターのような
役である。個人的にも興味のある職業なので、撮影の前日、
ミケランジェリの録音を担当していたDGのプロデューサー、
コード・ガーベンが書いた著作を再読して、精神的な役作り?を
した後、早稲田の近くにあるスタジオに入った。
 参加スタッフの数も多い、大規模なCM撮影である。
最初の撮影カットはスタジオの調音室に、出演するタレントが
挨拶に来る場面。ホンモノのスポンサー企業の関係者の方や
代理店の重役がエキストラに混じって座っているなかで、
加藤淳だけがディレクター然として、エラソーに座っている
シーンは、緊張で胃が口の方にせりあがってくるような気がした。
 主演は山口智子さん。美しい。瞳が常に銀レフでもあてたように
輝いているひと。素人が緊張しないよう、気さくに
振る舞ってくれる素敵なひとだ。撮影の合間、ソファの横にいる
彼女の表情をみていると、夜の便で東京に戻る時、
眼下にみえてくる羽田空港の紫やグリーンの誘導灯の色、
宝石箱のようなきらめきを想い出す。
 このCMの核は、スタジオのガラスをはさんでの、
山口智子さんと加藤淳の会話のやりとりらしい。
30秒のCMなのに、僕はひとりで2分近くもしゃべってしまい
スタッフに大笑いされたが、見なれぬ調音室のコンソールの
膨大な数のレバーや、音量レベルを示す64個のメーター類を
前にしての孤軍奮闘は、あたかも機長が倒れて、素人の乗客が
地上からの指示で、必死の形相で飛行機を降ろす古典的な
航空パニック映画のようだった。
 僕の正面には、ガラスの向こうで彼女がヘッドホンをつけて、
並外れた美しさで立っていた。僕がちょっとしたメロディを
口ずさみ、そのイメージを山口さんに伝えるという時、
彼女をみていると、ベートーヴェンのピアノソナタ作品31の2の
第二楽章に出てくる、雲が切れて、光が差し込んでくるような
旋律が沸き上がってくるのを感じた。

                2004年8月27日
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