
■映画に出演する
新しい分野の仕事に初めて参加すると、自分の知らない
方法論への戸惑いや、それに対応しきれないことへの自己嫌悪、
そして、全く新しい出来事を体感する楽しさがやってくる。
今日、映画に初めて出演した。新進気鋭の監督による
意欲的な日本映画である。加藤淳は主人公の女性に街で
「女優になりませんか?」と声をかけるスカウトマンという
通行人に毛のはえたような、ちょい役。何度かCM撮影でご一緒した
監督からの指名なので、撮影前、僕なりに「スカウトマン」という
役柄を、渋谷のスクランブル交差点を渡るたびに研究してみた。
たまには不動産会社の営業マンのような人もいるが、
主流は黒のスーツに、インナーまで黒で、金や銀のネックレスで、
うそっぽい名刺を出して、若い女性に追いすがる役というか。
個人的には「スカウトマン」と「ホスト」のドレスコードの
区別がつかないが、一応、役づくりのため?僕は古着屋で
2年前のかなり丈の長いコムデギャルソンの黒のトレンチコートを
みつけてきた。
ロケ場所は日没を過ぎた、ある街の商店街の雑踏。
絵に描いたような映画のロケである。30人ものスタッフが
撮影機材をふりかざせば、いやでも目につく。
多分、正式な撮影許可をとらずにやっているんだろうな、という
現場の雰囲気。この時、僕は美術家・川俣正さんが言う
<何かが起こる前に起こしてしまうこと。何かが起きた時には
既に終わっていること。>という言葉の真の意味を理解した。
台本は撮影直前に渡された。僕をイメージして書かれたセリフ
だということはわかったが、予想以上に長い。撮影は現場での
成りゆき、かつ1発勝負という感じ。本業の俳優の方たちは
こういう場合、どういう準備をしてくるのだろう?
自分の女友だちを仮想敵国にみたてて、何度となくセリフまわしや、
間を研究するのだろうか?そして、それらをアタマに刷込んだ上で、
すべてを忘れて、現場での一瞬にかけるのだろうか?
カメラはすでに回っている。素人が台本どおりやって田舎芝居に
なるよりは、同じ情報量で、自分が1日だけバイトで
「スカウトマン」をやるとしたらどうするかをイメージした方が
リアリティがあるような気がした。
カメラは人力のローリーで比較的低いポジションで主演女優の
動きに合わせて商店街の坂を下り始めた。それは、オーケストラの
演奏会本番で、例え自分の楽器が音符を落としても、
そんなものにかまわず演奏はそのまま進行していく時間のようであり、
美術品のオークション初めて参加した素人が、セリの異常な
スピードの前で、一言も口をはさめないような時間のようでもあった。
僕は自分の非力さをあらためて確認した。台本のセリフの内容の
半分も言えなかった。最終編集に至る前に、まっさきにカット
される場面になるような気がした。しばらくは、ああすべきだった
かもしれないという別の選択肢の残像が渦巻いたが、長い混沌の後、
僕はこの現場から、また新しい何かを学んだような気がした。
2004年4月23日